イザナミとイザナギの宣言

豊葦原の水穂の国

むかしむかし、今よりずーっと遠い遠いむかし。人間どころか、まだ天界も地上もなく、世界は澄んだものと濁ったものとがり合わさり、何もはっきりしたものがなかった頃のこと。すべての神々の祖先ともいえる女と男の神がいた。名前を、女神はイザナミ、男神はイザナギといった(常陸ひたちの国の土地の言葉ではカムロミ・カムロギという)。
天界と呼べるような場所はなかったが、神々は自分たちの住んでいる所を、高天原たかまのはらと呼んでいた。神たちは何もかもが曖昧とした世界の中に、ぷかぷかと浮いていた。

「ねぇ、イザナギ。ここも、そこも、あそこも、なぁんにもないね。もっと楽しい世界になったら、素敵だと思わない?」

不意にイザナミが、無邪気な顔でそんなことを言い出した。

「そうだね」

ぶっきらぼうに応えたイザナギだったが、きらきらと目を輝かせている彼女を見ていると、その願いをかなえてあげたくなった。

「そうだなぁ……あっ、僕たちの間に子供がいたら、楽しそうだよ! ……どうやったら作れるのか、知らないけど」

「私たちのっ!?」

唐突な話に、イザナミはぽっと頬を赤く染めた。まぐわうことで子供ができることを、彼女は知っていたからだ。

「どうしたんだよ、イザナミ? 風邪でもひいたの?」

(そんなきょとんとした顔しないで~! イザナギったら、本当にわからないのね。もぉ、びっくりした)

「う、ううん、気にしないで。そうね、楽しそうよねっ」

「そうだろ? でさ、子供からさらに子供がいっぱいできたら、きっとにぎやかになるよ!」

イザナギの言いたいことがわかってきたイザナミも、彼の話に乗っかっていく。

「わぁ、楽しそう! そしたら神とか人が住めるような、『くに』も造りたいね」

「いいね! ……その『くに』っていうのも、よくわかってないけど」

「うん……実は、私も」

「そっか。じゃあ、みんなに相談してみようよ」

わからないことだらけだけど、イザナミの可愛い笑顔が見たい。そんな思いでいっぱいのイザナギは、八百万やおよろずの神を呼び集めた。こうして神々が集まるのは珍しいことだったので、みな口々に何が始まるのかとざわついていた。そんな様子を見て、コホンとせき払いしてからイザナギが話し始めた。

「えっと、みなさん、集まってもらってありがとうございます」

イザナギの声で、騒がしくしていた神たちは静かになった。次いでイザナミが話し出す。

「あのね、突然なんだけど、今日は私たち二人から相談があるの」

いったい何を言い出すのかと、誰もが耳をそばだてた。しかし次の言葉で、にわかにまたどよめきが起こった。

高天原のより下のほうには何にもないけど、あそこを僕たちの孫が治める、豊葦原とよあしはら水穂みずほの国にしたいんだ!」

豊葦原の水穂の国というのは、後の地上のことだ。最初に述べた通り地上はまだ存在しないし、イザナミイザナギの間には、孫どころか子供もいない。ないないづくしのぶっ飛んだ提案に、集まった神たちはビックリしたのだ。
でも、言葉は言霊ことだま神力しんりきを込めて発せられた言葉は、それを実現する力を持つ。
その後ややあって、イザナミイザナギは、何もなかった所に島を造り、国を産み、国を豊かにするためにたくさんの神を産んだ。そして、あの宣言通り彼らの孫が地上に降りる日が来るのだが、それはおいおい。