アメノヒボコの侵略

八千軍・粒丘

オオクニヌシの苦難は続く。初めての失恋の後に待っていたのは、外敵の襲来だ。
宇頭うずの川辺にぺたりと座り込み、彼はぼう然と大海原のほうを向いていた。見ているようで見ていない。
すると、水平線の彼方から黒い塊が近づいてくるのが、彼の瞳に映った。船だ。それも一そうではない、大船団。危険を察した彼は、さすがにぼうっとしていられず、目を凝らす。

「なっ……! スゴい数だぞ、あれ。もしかしなくても軍船……攻めてきたんだ!」

沖まで押し寄せた集団の中で、ひと際豪華な装飾が施された先頭の船。その船首に立つ男が叫んだ。

「我が名はアメノヒボコ! はるばるからの国から参った。お前がここの主だな!? オレ様のための宿を用意してもらいたい」

アメノヒボコと名乗る神の後ろには、八千人の軍兵が控えていた。

(いきなり押しかけてきた上に、エラそうな態度。なんて無礼なヤツだ)

ピンチに変わりないが、オオクニヌシはムッとした。

「ああ、私がこの国の王、オオクニヌシ。私は寛大ですからね、宿泊を許してあげましょう……ただし、海の中にね!」

「フン……そうかい。なら、ありがたく宿を頂戴するぜ」

アメノヒボコは不敵に口の端をゆがめると、手に持った剣を海水に挿し入れた。そしてコオロコオロとかき回していく。すると、みるみる小さな島ができ上がったではないか。

(うわ、こいつ、とんでもなく強い神力を持っているぞ。マズいな……まだ占有できてない土地が残っている。先回りして私のものにしなくては、取られてしまう)

外来神の強大な行為を恐れたオオクニヌシは、急いで揖保いいぼの里へ向かった。
粒丘いいぼおかに着いたところで、食事をした。そうしていると口から飯粒が落ちた。見渡せば、その丘の小石はみな飯粒に似ていた。
また、彼がつえで大地を刺すやいなや、冷水が湧き出た。そのまま水は南北に流れて通り、川となった。
これらはすべて、国占めの儀式。オオクニヌシの顔には焦りの表情が浮かんでいた。

手苅丘・川音村

一方アメノヒボコは、早くも伊和いわの里に侵攻していた。そこで草を刈って食事の敷物とした。遠巻きに様子をうかがっていた村人たちには、手で刈っているように見えた。それでその丘を、手苅丘てかりおかと呼ぶようになった。アメノヒボコは手の中に石包丁を握っていたのだが、鎌しか知らない人々には、それがわからなかったようだ。
アメノヒボコはさらに攻め入る。この日は比治ひじの里の川音かわとの村に宿泊。

「川の音が実に高いではないか」

と褒めたたえた。ここを自分の地にしたと宣言したようなものだ。

奪谷・高家

比治ひじの里に遅れて入ったオオクニヌシは、アメノヒボコの軍勢とついに対峙たいじ奪谷うばいだにを巡ってぶつかり合った。その戦闘は激しく、谷の形が曲がったつるのように崩れるほどだった。

「くっ、せっかく造った国が、これじゃあまた荒れてしまう」

心やさしいオオクニヌシの胸の内に、戦いに対する迷いが生じたのかも知れない。
その後、高家たかやの里を押さえたのはアメノヒボコだ。

「この村の高さは、他の村より勝っているぞ。良き土地を手に入れた」

韓の国の神は、着々と播磨を切り取っていく。

伊奈加川・波加村・粳岡

オオクニヌシアメノヒボコが再び激突したのが、柏野かしわのの里。伊奈加川いなかがわを挟んで両軍は争った。そこへ一頭の馬が現れ、高らかにいなないた。

「あの鳴き声……まるで私たちの戦いをあおっているみたいじゃないか」

「いいや違うな。オレ様の軍を鼓舞しているのさ。そうら、一気にかかれぇっ!」

「たとえそうだとしても、私は負けるわけにいかない。みんな、押し返すんだ!」

剣戟けんげきの音が響く中、いつの間にかあの馬は姿を消していた。

ある時、雲箇うるかの里に着いたオオクニヌシ

「よし、ここは私が占めたぞ」

「ハッハッハ、遅かったなオオクニヌシ

そこへ嘲笑う声。アメノヒボコのほうが先に到着していたのだ。

「くそっ。なんの対策も図らなかったから、あっちが先に着いてしまったんだ」

彼がそうこぼしたので、その村は波加はかの村と名が付いた。

オオクニヌシアメノヒボコは、多駝ただの里の粳岡ぬかおかでまた戦い合った。その時、オオクニヌシの軍が集まって稲をついた。するとぬかが積もり積もって、丘になった。
それで勢いづいたオオクニヌシは、アメノヒボコの勢力を少し押し戻すことができた。