播磨の八千矛伝説

播磨の女神たち

国造りが軌道に乗れば、生来のプレイボーイが黙っているわけがない。数え切れないくらい矛を持つ男は出雲いずもに続いて、ここ播磨はりまでも矛(意味深)を使いまくった。
枚野ひらのの里の筥丘はこおかで、女神ヒメジオカはデートの待ち合わせをしていた。相手はもちろんオオクニヌシ。丘の上では、気合を入れてめかし込んだヒメジオカが、うきうきした様子で食べ物や箱、食器などを用意していた。食事の用意をする行為は当時、最高の歓待を意味するのだ。この後どうなったかは想像に任せよう。
オオクニヌシの妻の中に、サクヤヒメという名前の女神がいた。天の最高神アマテラスの孫・ニニギの妻と同名だが、別神だ。しかし本家に勝るとも劣らないほど、その容姿が美しかった。あまりに麗しいので、住んでいた里が雲箇うるかと呼ばれるほどだった。
タキリビメもオオクニヌシの妻の一柱。彼の子を身ごもった女神は、支閇きえの岡にいて、こう言った。

「感じます……私が愛するあの方の子を産むために待ち続けた月々は、やっと来経たきへた(過ぎた)のです」

そうして袁布山おふやまに着いた彼女は、愛おしそうに自分の大きなお腹をなでた。

「私が産むのを待つ時間は終わったおふのね」

産まれたオオクニヌシの子はとても元気だった。

アナシヒメ

数々のヒメを射止めてきたオオクニヌシがまた、可愛い女神がいると聞き、安師あなしの里へと向かった。ご飯を食べた後、慣れた手つきで家に忍び込み、寝室の前に立つ。

「こんばんは……アナシヒメさん、いるかな? 私はオオクニヌシ。あなたに会いたくてここまで来ました。戸を開けてくれるとうれしいな」

そう呼びかけると扉が少しだけ開いて、女神の瞳がちらりと見えた。

(はは、うわさ以上に可愛いじゃないか!)

「今までたくさんのヒメと出会ったけれど、あなたほど美しい人はいませんでしたよ……中に入ってもいいですか?」

「ダメよ」

アナシヒメは即答だった。よく見れば表情ひとつ変えていない。しかしこれしきで引き下がるオオクニヌシではなかった。

「そうですか……いきなり訪ねてきてすぐには無理ですよね。明日ならいいかな?」

「いいえ」

今度もぴしゃり。端正だが無表情な顔に見つめられ、彼は少したじろいだ。

(クールビューティもたまらないなぁと思うが、こうハッキリ拒絶されるとめげそうだね)

「では、明後日改めて会いに来ますよ」

「無駄なこと。いくら待っても、あなたの求婚を受けるつもりはありません」

(ガーーーーーン!! この、私が……フラれた……!? ありえない、ありえなぁぁぁい……)

ブチィッ。
オオクニヌシはキレた。これまでは、微笑みかけるだけで多くの女性の目がハートになった。それで無理でも、多少の駆け引きでベッドインまで持っていけた。それなのに……。
我を忘れた彼は、怒りに任せて大きな石を持ち上げたかと思うと、川の源をせき止めて流れを変えた。そのせいで、アナシヒメの住む村ではなく、三形みかたのほうに水が流れるようになってしまった。だから今でも、この川は水が少ない。

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」

大人げない仕打ちをしたオオクニヌシは、逃げるように走り出した。怒りながら泣いている。
香山かぐやまの里まで駆け抜けた彼は、ようやく足を止めた。

「なんだ、この気持ち……胸が焼けるように熱い……! これが、失恋の味……? 熱い……苦しい……ッ……」

たまらず彼は胸元をかきむしり、衣服のひもを引きちぎった。
そんなことがあったので、その村は阿豆あつという名が付いた。